山形県庄内地方にある鶴岡市。東北の一都市に過ぎない──と思われるかもしれませんが、実際に足を運んでみると「日本の原風景」が今なお息づく、特別な町であることに気づきます。城下町の風情、豊かな田園、肥沃な土地が生む食文化。そしてなにより、人の温かさが、旅人を惹きつける理由でした。
懐かしさに包まれる町並み
鶴岡を歩くと、初めてなのになぜか懐かしい気持ちになります。市街地には昭和の香りを残す「山王町商店街」があり、レトロな食堂や看板建築が点在。時間がゆっくりと流れているようで、胸がきゅんとする風景に出会えます。
一方で、北前船交易で培われた文化が町にハイカラな気品を与えており、地方都市にありがちな素朴さと都会的な洒落っ気が同居しているのも鶴岡ならではです。
城下町の歴史にふれる
鶴岡の中心にある「鶴岡公園」は、かつて庄内藩十四万石の居城・鶴ヶ岡城の跡地。美しい濠や石垣が残り、市民の憩いの場となっています。園内には時代小説家・藤沢周平の記念館もあり、作品世界に浸れるのが魅力です。
また、東北唯一の現存藩校「致道館」では、徂徠学に基づいた“自学自習”の学びが重んじられていました。知識の詰め込みよりも個性を伸ばす教育方針は、今も鶴岡の穏やかで品のある人柄に受け継がれているように思えます。
さらに「致道博物館」では藩主酒井家の旧邸宅や重要文化財建築が並び、往時の生活や文化を体感可能。大正ロマン漂う「大寶館」と併せて巡れば、町の歴史が立体的に見えてきます。
食文化の都・鶴岡
鶴岡は日本で唯一「ユネスコ食文化創造都市」に認定されています。その理由は、地域固有の在来作物を60種類以上守り継いでいること、山・里・海それぞれの旬を活かした多彩な郷土料理があること、そして信仰や祭りと食が密接に結びついてきたことです。
夏に旬を迎える「だだちゃ豆」は、甘みと旨みが凝縮された唯一無二の味。焼けば香ばしさが際立ち、茹でても豆本来の濃厚な風味が楽しめます。ほかにも、つるつるとした食感が自慢の「麦きり」、炭火で香ばしく焼き上げる郷土料理「弁慶飯」など、ここでしか味わえない食が揃います。
新鮮な海の幸とともに味わう地酒「栄光富士」や「亀の井」も格別で、旅人を幸せな気分にしてくれるはずです。
人が魅力の町
鶴岡には全国的に名の知れた観光地は少ないかもしれません。それでも心を惹かれるのは「人」の存在です。穏やかで実直、時に不器用だけれど誠実。その気質は戊辰戦争で庄内藩が示した粘り強さや、西郷隆盛が見せた異例の寛大な処遇にも通じるのかもしれません。
藤沢周平作品に登場する庄内弁の温かい響きが示すように、この町には人の心を和ませる空気があります。
まとめ
鶴岡は派手な観光名所があるわけではありません。しかし、城下町の歴史、レトロな町並み、豊かな自然と食、そして人の温かさ──すべてが重なって「また訪れたい」と思わせてくれる不思議な力を持っています。
日本の原風景に出会いたい人、食文化の奥深さを体験したい人にとって、鶴岡はかけがえのない目的地になるはずです。